『手加減なんて生意気なことすんなよ？』

　酷い裂傷に片目を奪われていた戦士は、厳かに そう告げた。

　目前の男は、ぜいぜいと喉を激しく鳴らして喘いでいる。
　見れば、足もがくがく震えていた。恐らく、力が入らないのだろう。

　完全に疲れ切っているのだった。
　本調子ならば、今の自分など歯牙にも掛けぬ実力者であろうに。不憫なことだった。

　返ってきたのは怒声である。「うるせえ」とか「百年早い」とか、そんな類の。

　この "らるふ" なる戦士の隣で、能天気に声援を送っている少女 "るりあんな" によると、
　彼は今日だけで、既に800人以上もの "一揆" 参加候補者と腕試しをしているらしい。

　それだけではない。
　この先、日没までに、残り1000人以上の追加候補を試験するつもりなのだとか。

　狂気の沙汰である。
　驚く、というよりも、呆れる他に無い。

　試験の理由を 『怪我人を増やしたくないから』 と口にした彼こそが、既に満身創痍なのだから。

　——既にひとつ "妖尾" は取り戻している。

　"妖狐" にとって、妖尾とは "妖力" の源泉である。

　ツヅミを封じていた水晶の檻が割れ砕けた瞬間、目前に現れた青年が、何故か所持していた。
　偶然では無かろう。彼は、自分の復活を見て嗤っていたのだから。
　全力でぶん殴り、我が手に取り戻したとはいえ、憔悴した肉体を快復するには更々満たぬ。

　やはり、まずは他の妖尾を取り戻すことから始めねばなるまい。

　千年晶牢の鍾乳洞より出でて、まだ数刻も経っていなかった。
　世情の劇的な変化に戸惑い、悩み果てていた処、近所の農民に見つかって連れていかれたは集会場。
　
　やれ、一揆をおこすのだ。
　やれ、王様を倒すのだ。
　女。お前もその為に、此処へ来たのだろう？

　……意味が分からぬにも、程がある。
　しかし、分からないままに流されるしか能もない。

　幾百の歳月を超えて なお美しき自慢の尻尾を、吹き荒ぶ風に堂々と晒す。
　それは、戦闘の合図。
　疲れているとはいえ、手加減無用と告げるならば全力で征かせて戴こう。

　さてさて、今生の猛者は如何なる怪物か。
　いざ、尋常に勝負なり。

　妖力が全開でカッ飛んでいった。

　説明が必要だ。
　先刻取り戻したばかりの妖尾は、"えんぶりお" なる謎の封印に絡め取られていた。
　"えんぶりお" は、"ねくたぁ" なる紅き花の力で解放されるものらしい。

　集会場にて渡された "ねくたぁ" は、"るりあんな" なる少女の所有物である。
　彼女によると、此の世は "えんぶりお" を通さねば如何なる力も発揮させる事が出来ないという。

　なんじゃそれは。と憤るも、時代の流れには逆らえない。
　郷に入りては郷に従え。
　なぁに。あと弐尾も取り戻せば、"えんぶりお" なる封印如き、自力で破る事も出来ようて。

　だが困ったことに、"えんぶりお" の操作は想像以上に難しいものだった。

　加減など出来よう筈もない。
　調節の効かない全開の狐火が、"らるふ" の身体を包みこんだ。
　熱くは無い。外傷を与えるものではない。されど灼けて苦しむのは、幻を本物と思い込んでしまうせいだ。

　屈強な益荒男が、炎を浴びて踊る様は滑稽で面白い。
　面白いと感じる心は嫌味でも嘲りでもなく、久方ぶりに人の剥き出しな感情に振れたが故の歓びだった。

　狐火を消し、慌てて駆け寄る。
　"らるふ" は黒焦げの肉体で大地に堂々倒れ、うっすらした意識で親指を突きだした。

　ぐっじょぶ、と。

　幻炎とはいえ、破りもせず直接浴びては無事ではいられまい。
　されど彼は、耐えきってみせた。根性を見せつけた。
　この程度の命のやり取りなど、日常茶飯事だとばかりに。

　"るりあんな" が、拍手喝采して喜んでいる。
　どうやら、試験には合格したようだ。これで、借りていた "ねくたぁ" は正式に儂のものになるらしい。

　彼女は続けて云う。
　"ねくたぁ" を独り占めしているのは、魔王 "ぱらだいす" であると。
　一揆は、魔王に抗議する為に、力無き民が絞り出した生命の叫びなのだと。

　解らないなりに、飲み下すしか無かった。
　それは ツヅミが封印されて過ごした時間を取り戻すための、"鍵" のひとつなのだ。

かなりだ雑多とした者たちが集まるならちょっと自信なさげである

胸元からハンカチを取り出して渡そうか一瞬悩んでいた様だ

と、彼女はウィンクをしてからそう答えた

貴女の近くで不意に声が上がった。声の主を見れば、慌てた様子で貴女に頭を下げる。

そう言って視線を再び、貴女の持つ得物へと向ける。