今私たちが立っている場所は、星屑の小川というらしい。

持ち主であるヘイアンが言っていたのだし、間違いはないだろう。

　結局あの男性と少女は、私たちに一銭たりとも恵んではくれなかった。
『ネクター』がこの世界の人間にとってどれだけ貴重かは、説明されている。
だからといって、先立つものが無ければ生きていく事もままならない。
何せ『ここ』は、私達のパーティにとってはまるで新しい世界なのだから。

　この一揆の参加者への扱いは、よく分からないところが多い。
確実に戦力にしたいなら、持っている物を出し惜しみする理由はおそらく無いはず。
わざわざ救援要請まで出して、勝手の分からない異世界人を呼び寄せたのだ。
逆に考えると、それ相応の働きをしてもらわなければ困るということ。

　だが、私たちに与えられたのは、『ネクター』だけだった。
つまり『多くを渡すだけの意味がない』と見られたという事だ。
それを考えているうちに、ひとつの結論に辿りついた。

　つまり私たちは、捨て駒なのだろうと思う。
いくつもある分割世界の方々より集められた、たくさんの命。
それが失われようと、この世界には何も影響は無い。
『メルンテーゼ』にとっては、あまりに遠く、軽い命。

　だが、道具の行き先なんてそんなものだろう。
誰に使い捨てられようと、軽んじられようと、裏切られようと。
私の命になんて、存在になんて、重みなど無いのだから。

「……」

　『持ち主』が、いつものように話しかけてくる。
ああ、そういえばこの場所には今まで歩いてきた所よりも人が多い。
だったら、せめて外側だけでも取り繕っておかなければ。

　彼の言うところの人当たりのいい少女は、一体どんな物なのだろう。
私が完璧にそれを模倣できるかどうかなんて、分からないのだけれど。

　ふ、と目を閉じて。思い出す。真似をする。仮面をかぶる。
記憶の中に存在している、普通の女の子としての表情を。

「分かったよ、ヘイアン。こんな感じでいいかな？」

　目を開き、『持ち主』に笑いかける。かつて自分のしていた笑顔。
でも今の私にそれが似合うだなんて、これっぽっちも思えはしない。
果たしてこれで、周囲の人々を騙しおおせられるのだろうか。

　それに。よしんばこの笑顔で表面だけ取り繕う事が出来たとして。
これからその人と関わっていく中で、私が何か誤る事があるかもしれない。
かつて私が、『スプリゲート』と呼んでいた世界の中でやってきたように。

　その時に私は、再び手からすべてを零してしまうかもしれない。
ヘイアンは、フィアは、アンジェは、そうならない方法を知っているのだろうか。
私がもう二度と失わないような正しい道を、教えてくれるのだろうか。

　すべてを失って、道具になって。それでもまだ取り零すのなら。
私が生かされている価値なんてどこにも無いのではないか、と思う。
——誰かが私に、その問いに対する正解を与えてくれるのか、とも。

　今私たちが立っている場所は、星屑の小川というらしい。
星屑。ほんの少しだけ、私の事を表しているような気がした。