チャンダナには親がない。
居たのかどうかも判らない。とうの昔に死んでしまったのかもしれないし、もしかしたら捨てられたのかもしれない。
育ててくれた自称・山の神の事はじさまと呼んでそれなりに慕っているものの、彼は親ではない。血の繋がりも、ない。
とはいうものの、それを殊更悲観した事もない。
悲しむに至るまでの記憶がないのだから、元からないも同じ事だ。
元からなかったものを失われたと悲しむ事に果たして何程の意味があるというのだろう。少なくともチャンダナはそんな風に思っていた。

チャンダナは人ではなかった。
人と同じ見た目で、人と違う力を持ち人と違う考え方をする彼を、麓の村人たちは口々に青錆山の鬼子と呼んで畏れた。
殊更何かした訳ではない。ただ相容れなかっただけだ。
しかしその事も悲観した事はない。
理解し得ないものを排斥したがるのは人の性だ。
理解する為の努力を放棄してしまうのも、……仕方ないことだ。

チャンダナは悲しむ事を諦めていた。
悲しみを上手く表す事が出来ないことに気付いていた。
先天的な悲哀の感情の欠落。
理由の無い諦観の中で踞っていた。

ある時、育ての親である山の主から呼び出された。
チャンダナが物心ついて以来、山の主がずっと育て続けているマイナー品種、【妖精の喉仏を】病床の己に代わり世間に広めてくるようにという事であった。
チャンダナは当然のように渋った。
何故今更なのだ。どマイナーなのは今に限った事ではない筈。


それでも。チャンダナは青錆山を発つ事になる。
下界に興味があった訳ではない。ただ逆らう理由が見つからなかっただけだ。

　

　

　　　　　　（弥千代は威嚇している！）

チャンダナに髪を触れられても、微動だにすることはなく彼の方を見つめたままで。
素直に香りを嗅がれながら、髪を好きにさせている。

"ソレ"は自らに向けられるその視線に気付き、紅いその双眸をそちらに向ける。

くく、と笑うと"ソレ"はツカツカと貴方に近づき、目の前で足を止める。
品定めするように貴方の全身を上から下まで視線をめぐらせた後、再び口を開き、