黒閃の雷蛇ことラインは、困惑していた。
自分は今、変わろうとしている。
それが痛く実感できた。

親を知らず、生きる術を知らず、ただ死に行く道にあった自分を拾い、ここまで育ててくれた組織。
その組織の為に、そして我らが王の為に忠義を尽くす、それが彼の全てだった。
彼の本質が変わる訳ではない、彼は今でも王の為に使命を果たそうと躍起である。
であるからこそ、このような事態になっているのだ。

そう、ラインは人生初の”女装”に言い知れぬ不安と、…微かな心地良さを感じていたのだ——


「って、勝手に人の心情を捏造しないでください、ボス！」
「あれ〜、違った？ごめんごめんご〜♪」
「言い知れぬ不安はありますが、微かな心地良さなんてものは…、なんてものは…！」
「…ふっふっふ。まぁ良いけどねぇ〜。
　僕が睨んだ通り、ライン君は女装が良く似合うねぇ。眼福眼福。」
「く、ぅぅぅ……！」


ラインは、ボスにより用意された魔法少女風の衣装に身を包んでいた。
魔法少女というのは、どういう理屈か呪文1つで衣服をチェンジ出来るらしい。
本物の魔法少女でない彼は、当然の事ながら手動で着替える必要があった。
すると、着方が分からない。
僕が手取り足取り着せてあげるよぉ〜っと、鼻息荒く詰め寄ってくるボスを何とか押し留め、一人で着替えに取り組むコト小1時間。
ようやく着替えが終了し、零した感想は「スースーする。」
そして、変態タヌキ親父そのものであるボスの前に登場した次第だ。


「……あんまり、ジロジロ見ないで……。」
「うっひょお〜！男の娘の初女装ガチ照れ顔キタァー！」


ゲシッ！
ラインはすかさず、拳をボスの顔面へと叩きつける。
ぶっひょお〜っと声を上げながら吹っ飛ぶボスを、冷たい目で見送った。
……そして、ハっと気が付く。殴ってしまった、ボスを。
我等執行官の長たる者を。


「へぇ…、殴るんだねぇ。僕はここで一番偉い人なんだけどなぁ？」
「す、すみませんボス！あんまりにもボスがアレなばかりに、つい！」
「———」


気まずい沈黙。
ボスはニタニタと笑みを浮かべ、詰め寄ってくる。
対するラインは、冷汗をダラダラと垂らしながら後退る。
壁際へと追い詰められ、ボスの手がラインの顎を掴もうと——


「なーんってね！冗談冗談、怖がらないのー。
　ライン君は真面目君だからねぇ、これぐらい反抗してくれる方がオジサン嬉しいのよ。」
「…は？
　いや、ダメでしょう…。反抗したらダメでしょう、そういう組織なんですから。」
「いーのいーの、あっはっは！」


笑い出したボスの様子に溜息を付いたが、ラインは内心では安堵していた。
あまりにひょうきん過ぎるボスで時折忘れそうになるが、此処は”そういう場所”であり、彼は”そういう者”である事実を。


「す、すみませんでした…ボス。」
「責任取って今晩僕と寝ろ。」
「ひぃっ！？」
「…とかは自重するけどね。」
「う、うぅぅ…、止めてくださいよ、本気か冗談か分からない。」


そんな馬鹿げた会話を繰り返しながら、ボスは上機嫌なように見えた。
このタヌキ親父の本性なんてラインにも誰にも見抜けはしないだろうが…それでも、不安は小さくなる。
自分は、不要になればいつでも処分されるのだ、という不安が——


「っで、ライン君。…ライン君？聞いてる？おーい、ライネきゅ〜ん？」
「——っは！？な、なんでしょうか。きゅん？きゅんってなんでしょうか…？」
「きゅんはきゅんだよライネきゅん。
　じゃあもう一度説明するけど、…ライネ・スパークルが黒閃の雷蛇だってコトは誰にもヒミツ、良いかい？」
「…はぁ、それは当然でしょう。」
「じゃなくてぇー、この組織内の人間にもヒ・ミ・ツ、って事！」
「…えぇっ、組織内も！？」
「何処から情報が漏れるか分からないからねぇ。
　敵を騙すには味方から、基本でしょ？」
「…確かに、そうですが。」


しぶしぶと頷くが、腑には落ちなかった。
潜入工作を成功させるには何かしらの援助が必要になるものだ、組織の中にも秘密となるとその援助は期待できない。
自分一人の力だけでスパイと執行を両立する——それは実力を信頼されていると言う事か？
それとも……。


「あ、ちなみに。
ライネ・スパークルが男の娘ってバレる分には全然問題無いからねっ。」

「何でだよっー！！？」

きょろきょろ…

くるりん♪