○月×日　晴れ

　——あまりにも人が多かったからちょっと不安だったけど、無事に仲間を見つけることが出来た。

　レンドランさん、イオナちゃん、アンジェリカさん。

　みんな個性的だったから馴染めるか心配したけど、そんな心配は杞憂にすぎなくて、きっと上手くやっていけるとそんな気がした。

　……なんて、揚羽ちゃんは言うけど、それを言ったら揚羽ちゃんもメリファンちゃんもすっごく個性的だから、むしろ私が個性的な人たちに慣れてるって事なんだと思う。

　お母さんにお義父さん、叔母さんもすごく個性的だったし……うん、やっぱり慣れてるんじゃないかな……。

　それから、なんだかすごく疲れた様子のラルフさんと腕試しをして、無事に一揆の仲間として認めてもらうことができました。
　それもこれも、メリファンちゃん作の人工エンブリオ……あの光の妖精さんのおかげ。
　まだ使える魔法は少ないけど、二つの魔法はどちらも私向きな勝手の良い魔法だった。
　それに、魔力のサポートまでしてくれるから、八翼の高出力形態……【イクリプス】での魔法発動も使えるはず。
　もちろん、使える魔法は妖精さんの魔力と相性のいい物に限られちゃうけど……それでも私自身の魔法が十全に使えるのはとってもありがたい。
　やっぱり扱い慣れた魔法の方が、よっぽど上手く使えるわけだしね。

　そんなわけで、無事ネクターを分けてもらえた私は、まず自分でエンブリオと契約してみる事にした。
　もちろん。妖精さんに不満があったわけじゃない。
　でも、やっぱり手札は多い方がいいから。
　状況次第で使い分けられるだけの手札は持っておきたいから、揚羽ちゃんの下調べした情報を参考に、新しく契約するエンブリオを探したんだ。
　それで、回復が使えるエンブリオ……エンジェルと契約することにした。
　エンジェル……つまり天使さんなんだけど、残念なことに私の世界に天使は存在しない。
　私の世界には神様がいないから、その御使いであるところの天使もいないんだ。
　だから、そのエンジェルが私が生まれて初めて見る天使なんだけど……

　なんて揚羽ちゃんが思わず言っちゃうくらい、黒い羽をもった天使さんだった。

　うん、すごく黒かった。
　といっても、ただ黒いんじゃなくて、とってもきれいな黒い羽だったけど。

　性格もすごく悪かった。

　うぅ、なんで初対面でそんなに言われなくちゃいけないんだろう……。
　ちっこいのは同じなのになぁー。

　それでも、なんだかんだって文句は言われたけど力は貸してくれるみたいで、実際に回復魔法が使えるようになってた。
　まだまだ上手く使いこなせてないけど、これでまた少し、みんなをサポート出来ると思うとうれしかった。

　そうそう、妖精さんと天使さんなんだけど、妖精さんは自分の方が先輩だって事にこだわりがあるみたい。
　なんだけど……。

　スパーンッ！　って、小気味の良い音を立てながら、ハエ叩きでひっぱたかれてた……。

　この天使さん、すごくヴァイオレンスだよ……。

　——お母さん、そんなわけで私にもたくさん仲間が増えました。
　けど、なんだか関係に苦労しそうで今から頭が痛いです。


　○月　△日　晴れ

　——ついに城攻め一日目！

　この後、仲間のみんなと合流して砂地に向かうんだけど、その前に私は、修理された通信機でお兄ちゃんに連絡をとりました。

　船が壊れて帰れなくなっちゃった、って言ったらすっごく怒られて、とっても心配されちゃった。
　今すぐ向かうから座標を教えろ！
　なんて、本当に今日中には来ちゃいそうな剣幕で、私も困っちゃいました。
　お兄ちゃんと一緒なのは私もすごく嬉しいし安心できるけど、それじゃあ意味がないから。
　お兄ちゃんが来たら、いつでも助けてくれるし、あれもこれもって世話を焼いてくれるからきっと甘えちゃう。
　そう言ったらお兄ちゃんも難しい顔をして、仕方ないなって諦めてくれました。
　でも、代わりに二日に一回は連絡するようにって約束する事になりました。
　私もお兄ちゃんと色々お話出来るのは嬉しいから、その約束はむしろ楽しみなくらいで。

　なんて、くすくす笑いながらからかわれたけど、好きなんだからしょうがないんだよー！

　お兄ちゃんって、強くて優しくてかっこいいんだもん！

　……そしてお兄ちゃんと少しお話したら、ちゃんとお母さんにも連絡しろって言われて、改めてお母さんとも通信する事になった。

　——ちょっと今更だけど。
　このメリファンちゃんお手製のパネル型通信機。
　なんと世界も時間も超えて、同じ通信機を持ってる相手とお話が出来るスーパーアイテムなのでした。
　しかも映像まで映せてとっても便利！
　ちなみに仕組みは、説明してもらってもちんぷんかんぷんでした。

　お母さんは私の話を聞くとおかしそうに笑って、たくさん思い出を作っておいで、と言いました。
　……たとえ直ぐに思い出が記憶に、記憶が記録に変わっちゃうとしても、その経験には必ず意味があるから。
　お母さんは『あの事故の日』以来、私にそう何度も言って聞かせてくれました。
　それでお母さんに八つ当たりした事も、泣かせてしまった事もあったけど、今はもう、新しい思い出を作るのが怖くならなくなった。
　昔は忘れてしまうのが怖くて、薄れてしまうのが怖くてずっと閉じこもっていたけど……なんてもったいない事をしていたんだろう、ってそう思うようになれたのは、きっとそうやってお母さんが諦めないでくれたからなんだと思う。
　だから私はお母さんに力一杯頷いて、思いで話、楽しみにしててね！　そう言ったんだ。

　　　＊　＊　＊

　廊下からちんちくりんが家族と話してるのを聞いて、少し引っかかる事があったから、部屋を出てきたカラスを呼び止めた。

　するとカラスは不思議そうな顔をした。

　……こいつ、なにニヤニヤしてんのよっ。

　害鳥の癖にっ。

　そうやってもったいぶるように前置きして、カラスは少し考えながら話始めた。

　そう言って、でもとカラスは続けた。

　そうだ。

　どんな思い出も記憶も、時間が経てば風化する物。
　そんな特別な物じゃないと思うんだけど。

　確かにそれは、少し同情する気にもなる事情かもしれない。

　けど、やっぱりそれはどうにも実感が伴わなくて、どうにも深刻には思えなかった。

　とは言っても、それがあのちんちくりんな主にとってどれだけ大変な事なのかは、まだよくわからなかったけれど。

　それに、怖いだろうと思う。

　記憶があったって、それに実感がないんじゃほとんど他人と変わらないだろう。
　そんな状態なのに、相手は友達として接してくる。
　気分のいい物とは、とてもいえないだろう、ってくらいは想像に難くなかった。

　その度、って事はそれこそ一度や二度なんかじゃないんだろうし。

　それに一度『思い直した』としても、またその時がくれば忘れてしまって、改めてやり直さなくちゃいけない。
　エルフなんていう長命種族なら、そうやって『思い直す』量もその度に増えていくに違いない。
　それどころか、思い直す度にその感情は変質してしまう。
　いくら日記にその時の気持ちを書き記したところで、そこから想起する感情は、きっと毎回違ってしまう。
　結局のろころ、日記に記せるのは文字だけだ。
　出来事と、それに対してどう思ったのかを記せたところで、気持ちや感情をそのまま保存できるわけじゃない。

　わたしがなんとなくそう言ったら、カラスがなんでか奇妙な表情をしてた。

　……わたし、なにか変な事言ったかなぁ？

制するように左手を上げると、ふと何かに気付いたように、上げた左手を自らの胸に当てた。

尋ねて、反応をうかがっている。

左手でハンチングを脱ぎ、再度胸に当てる。
そのまま、ゆっくりと一礼してみせた。

感動の再会、というより、ちょっとぽかんとした顔です。

自分の旅立ちに自信を失いそうになっている模様。
だって、もうずっと会えないと思っていた知り合いと、いきなり会うなんて思っていなかったのだから、当たり前です。

とはいえ、急に駆け寄られると、ちょっとびっくりして慌てます。


──────それから、あらためてお話を聞いて。

冷静に受け止めると、世界の迷子になることの危険さを自覚したようです。

でも、それより先に言うべきことに気づいたようで。

突然話しかけられて驚いた様子だったが、
深呼吸をすると金の髪のエルフの少女に向き直った。

メリファンさんにそう言うと、少年はポケットから乾パンを取りだして食べ始める。

声がしたほうに目をやると、ニッコリと笑い、変てこなステップで二人に近づく。
キザな動作で挨拶をすると、少しおどけたような様子で頭を上げる。

そう言うと、差し出された手を取り、じっとティアのほうを見つめる。
一瞬何か考え事をするような顔をしたが、すぐにニコニコと人懐っこい笑みを浮かべた。

　「仲間にならないか」　そう手を差し出された彼女は、
　出された手を見て、顔を見て……、次に——— 手を払った。

　そして手を払われたあなたの表情を見て、

　と、笑顔とは似合わないセリフと共に微笑んだ。

声をかけられ、そちらを振り向く。齢はいくつか、恐らくは少女が一人と妙齢の女性が一人。容姿からは特に何も読み取ることは出来ない。特に敵意は感じられないが…

静かに、軽く威圧を混ぜながら皮肉を投げる。仕事柄自分の名を知られることは決して少なくはないが、それは自分に害を為すものが殆どだからだ。例え敵意が見られないとしても、警戒し過ぎるということはない。女は声音を低くしつつ、問いただすように差し出された手を見て双眸を細めた。

黒の礼服を来た若そうな青年が、少女達の輪の中に加わろうと言わんばかりに近付き、声を掛けてきた。

青年は少々考えるような仕草を見せた後、再び口を開く。

いつの間にか、青年の横には白ずくめで小柄の少年が立っていた。
少年は青年の顔に軽く目線を送った後、少女達の方へと向き直る。

青年は再び微笑を浮かべたが、少年の方は先程からずっと無表情に近い顔をしている。
纏っている色といい、どことなく対照的な雰囲気が漂う2人だ。