（※前回分）

「世界」に名称があるだなどと、誰がわかろうか。
俺がここに現れて以来、元いた場所とは違う常識に悩まされ続けていたが、これはその最たるものであった。
大陸やその他大掛かりな地域を総括して言うのであればわかるが、これは相当に理解の範疇を超えていた。言うなれば、生きているすべての場所が書物に収められ、題名が付けられ、あげくその登場人物が題名を知っているのが通常であるのだ。
メルンテーゼ。
それがこの不可思議な「世界」の名称だった。
　
妖精に騎士や魔法使い、王にそしてエンブリオ。
寝物語のような存在にはようやく慣れた頃合いだろうか。このメルンテーゼに来てから早5年の歳月が経っている。
俺のいた場所と似てはいるものの、ここは100年近く前の文明の様相を呈していた。文明や人々の考え方、魔法じみたものの存在や物理法則などはあれど、最も差異を感じたものがある。
　
戦争がほぼ皆無だということだ。
　
ここに「召喚」される以前。
俺が居た場所は戦場だった。
戦場しかなかった。
俺が生まれる前から果てのない戦争を繰り返している「世界」だった。
鉄の棺桶は地の果てに火を放ち、焼け焦げて死ぬために人が生まれてくるような「世界」だった。
　
今現在ここで平穏な生活を送る俺の鼻孔に、未だに硝煙の匂いが漂うのだ。
尤も、それはこれから始まる戦乱の序曲にすぎないことを、後で思い知ることになる———

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良くはわからなかったが、これが一種のふるいにかける試験というものだろうか。
ラルフと名乗る男との手合わせは早期に結論が出た。
攻城に参加してもいい、ということなのだろう。豊穣な土地故に戦いに慣れていない物も多い。一種の温情のような制度がこれなのだとすると、随分と情け深い者達が多いのだと知った。

むしろ、その役割は俺のような流れ者の兵士にふさわしいのだろう。
物心ついた時から戦場しかなかったような者にだ。
痩せ細り人の血を吸い続けて呻きを上げる大地から、せめてもの糧を得ようと兵士の傍ら農業学士の資格をとれたはいいが、結局活かせることはなかった。
まともに活かせたのはメルンテーゼに来てからだった。

気候はよく似ているが、比べ物にならない肥沃な土地だ。
広大な丘陵地帯を茫洋と眺めていると、ミチエーリがわずか怪訝な顔でこちらを伺っていた。

長く淡い色の髪は顔面の上半分を覆い、豊満ではあるが得体の知れなさの印象の方が強い女だった。
とあることからこの女の属する領地に雇われることになったわけだが、それは俺にとって渡りに船でもあった。
無能な上官である、現王を討つ確実性が上がったということだ。

元の世界では、師団の無能な長によって、多くの部下を失った。
俺の手の中でいくつもの命が失われていった。
ここの土地で、同じ事を繰り返させる訳にはいかない。

着流しの男の義足を見やる

味方側の面々を見渡す

相手に向かって、ひらひらと軽く手を振る。