彼女は寄る辺なく、自身を定義するものもなく、
　身を護るすべを知らず、戦う意味を持たなかった。
　つまるところ、彼女は限りなく無力に等しかった。
　そんな彼女を、わたしは騎士として守ってやりたいと強く感じ、

　そいつは自身を記憶喪失であると言った。
　もちろんそんなこと、信用するべきではない。
　化生が都合のいい言葉で人間を騙すという逸話は、どこにでも転がっている。
　（どうして耳が大きいの？　お前の断末魔をよく聴くためです。正解）

　彼女が潔白であると仮定して、彼女はあまりにも空白だった。
　それはただ哀れなだけではない。
　空っぽなほうが、啓蒙はたやすい、そういうことだ。
　きっと彼女はわたしの忠実な僕となってくれるだろう。
　容姿が獣でなければ、わたしは彼女を素直に哀れめたろうに、ああ、残念、

　それにしても、彼女もそうだが、様々な分割世界からの有志が集まったせいか
　一揆加担者のうち、“まとも”な人間のほうが少ないようにすら思える。
　母の腕の中でよく聞かされた、お伽話のような世界だ（前向きな言い方をすれば）。

　わたしはよくも発狂せずにいられるものだと、他人ごとのように考えた。
　あるいは、わたしの信じる世界は あの日 、グラスにハンマーが打ち下ろされたがごとく
　コナゴナに砕け散り、すべてが虚構と化してしまったのかもしれない。

　トルラルールを追われたわたしにとっての確かなものというのは、律法と、
　わたしが騎士であるということ、それだけだ。

　わたしはフィリーと名乗ったそいつに手持ちの路銀で簡素な衣服と武器を買い与えた。
　モノを与える行為は支配の第一歩である（もちろん、奪うことも）。
　フィリーが化生であるにせよ人間であるにせよ、
　わたしは騎士として彼女を幸せにする義務がある。

　幸福とは義務で、幸福とは支配されることだ。

　

通りすがった時に、目があった。
そしてその視線から、全てを見下す傲慢さと、他社を蔑むような独善さを感じた……気がした。

おそらく気のせいなんだろうけど、やっぱりその視線からはすごい何かを感じて……。

いつの間にか話しかけていた。

ずいっと迫り、言葉を吐く。
何かされたわけでもないのにすぐキレるアンナ、さあどうしましょう。