（今の話）




今日も今日とて宛も無く彷徨っていた所、城へと辿り着いた。
王やら一揆やら、いまいち事情の呑み込めない所ではあるが、
武器と腕がこれ以上錆び付く前に、少しばかり動いてみるのもいいだろう。

エンブリオというのは、ネクターというのは？
出会った女はあまりにも当たり前のようにそれを口にするので、
取りあえず分かった風な顔をして頷いておく。
後で混乱が起こるかもしれないが、それは後で起こってから心配すればいい。


そうして男が現れて、力試しを行うという。
戦いであればどのような形のものでも、望む所だ！



応戦の意思を抱いた瞬間、どこかとても近くから、何かの声を聞いた気がした。


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（昔の話）




一度は散り散りになって、世界中に、世界を越えて拡散してしまったものを、
時間と労力をかけて集めて繋ぎ合わせた。
それこそ、風に吹かれて飛んで行った綿毛を全て集めて
ひとところに取り戻すような作業だった。


灰を水と練って捏ねて泥にする。
木々と石で支えになるだけの芯を組み上げ、
土と泥をそこに貼り付かせて人型にした。
人の姿を選んだのは、それが一番記憶に残っていたからだ。
元々がどのような格好だったかは、忘れてしまった。


風に頼って泥が乾くまでを待つ。
濁った茶色の表面から徐々に水分が失われて、黄土色になって薄黄色になる。
そろそろ固まってきただろうかと思えてきた頃に、五指を曲げた。

崩れない。
手を握り開きして、それをもう一度確かめてから、
ようやく俺は立ち上がった。




復活して気付いたのは、何もしないままでは身体が保てない事だった。
灰を幾ら固めても所詮灰は灰で、水なりそれ以外の物なり、
きちんと纏めて押さえ付けてくれる何かがなければ、またすぐに土に還ってしまう。
紐や帯のようなもので括ると具合が良い事に、じきに気付く。
どうにも窮屈で落ち着かないような気分にもなったが、
また延々と灰の一粒一粒を拾い集める旅に出るのは御免だったので、耐える事にした。

そういう訳で服や帯などで身体を括り、喉と口の造りを整えて喋り方を思い出す。
空の飛び方を忘れたのはむしろ、人の中に溶け込むには丁度良かったのかもしれない。
暫くは適当に遊び歩いて、人間のふりをして、他人をからかったりして遊んだ。


じきに、また身体が崩れ始めた。
どうやら布で押さえるだけでは足りない。古傷から血が滲み出すように、
痛みを伴わない崩壊があって、そこから灰がざらざらと零れ始める事が多々あった。
その度に掻き集めて取り込み直しながら、どうしたものかと暫し悩んでいたが、
その解決先もどうにか見出した。

そもそも俺が形を喪ってしまったのは、精神的な要因からだ。
だから再度形状を取り戻す為に必要なのもまた、心に関する何からしい。
それに気付いたのは、人に斬ったり斬られたりする遊びに熱中している時期は、
不思議と身体の崩れ方が穏やかだと感じたのが切っ掛けだった。

どうやら、何かに執心している間は、俺は今の形を保つ事が出来るようだ。



自由を愛して自由の名を借りておいて、
その俺が何かに囚われていなければ存在出来ないというのは、案外面白く思えた。
別段生きたい訳でもないが、そもそも厳密には生きている訳でもないが、
折角作り直した身体だ、もう少し遊んでみてもいいだろう。

何か適当に、何でもいい、探しに行くとしよう。
俺が興味を持てる何か、俺を楽しませてくれそうな何かを。