俺がこの異世界で行動するに当たって、欠かせないものが三つある。
　知識と技術——ミモザ、フィア、ナビ。これらは全て、手に入れた。
　残るは、あと一つ。

「俺はお前達を信じる。俺にないものは、一切の疑念も躊躇いもなく、全てを託すと約束する」
「だから——フィア。ミモザ。ナビ。お前達も、俺を信じろ」

　それも、遠くないうちに得ることが出来るだろう。
　最良の、旅立ちだった。

——・——・——・——・——

　年齢、性別、出自を問わない——確かに聞こえはいい。
　だがしかし、それは裏を返せば“どうでもいい”。無関心だということだ。
　この『メルンテーゼ』の住人が自分たちに向ける感情も。そう離れてはいまい。——ラルフという大男との『腕試し』を終えた今、殆どの予測は確信に変わりつつあった。
　無差別に集めた異世界の住人に生活の根幹を支えるネクターを託す。このアンバランスさに不信を抱いていたが、エンブリオとの契約形態を知って合点がいった。
　基本的に、一度契約してしまえば勝手に解消されることはない。つまり——今、この世界で生活を支えている大人たちは新たなエンブリオの力を借りる必要はないのだ。ネクターが“不足”だというのも、子供、あるいは孫の世代が成長した時のこととなる。
　要するに、今日明日すぐに危機に晒されるというわけではないのだ。実際には少なくとも5年以上の余裕があると考えていい。
　その上で、自分たちで行動を起こすだけではなく、不確定要素の強い異世界の住人を招いたのは——。

「……ま、それこそ“どうでもいい”な」

　一人ごちて、頭を振って苦笑する。気ままなペースで小石を蹴り——“一台”だけは跳ね飛ばしながら——進む仲間たちに、途端に口数が減り物思いに耽った男のことなどを気にする様子はない。
　ここは『星屑の小川』。跳ねた飛沫が太陽の光を受けて瞬く様は、確かに夜空に散々と輝く星々のようだ。きっと日が落ち、月が昇ればその川面に夜空を映し、文字通りに星屑が流れていくのだろう。
　そんな心洗われる美しい風景を眺めながら、「デートスポットにはぴったりだな」だとか「人魚でも居れば目の保養になるんだが」などと話し掛けたのだが、仲間達からは一向に返事がなかった。その理由は、きっとセンスのなさだけではない。
　たった１PS。
　たった１PSの金銭的支援ですら得られなかった。これだけは、全くの予想外だった。ミモザやナビはともかく、フィアは行く末に不安を抱いても仕方がない。
　さしあたっての危険もなく、無為な思考で無聊を慰めていた。そんな、時。

「分かったよ、ヘイアン。こんな感じでいいかな？」

　突如、金髪の尾を流しながら上目遣いに傍らの少女に笑い掛けられ——頭の奥から激痛が走った。強引に瞼の上から爪を立て、抑え付ける。
　そうだ。これは、自分の指示だ。

「ああ。笑っているともっと可愛いぞ。ミモザ」

　軽く肩を抱いて、自分も笑い返す。
　……今夜はいっそう『ひどい』のだろう。なんとなく、そう思った。

ヘイアンに命じられ、ミモザは目を閉じる。
数秒。再び目を開けた彼女は、やわらかく微笑み。

今までよりもずっと明るい声で、そう問いかける。
『メルンテーゼ』で彼が見てきた彼女とは、全く違う表情。
これが、ミモザの思う『普通の少女』なのだろうか。

そのままの調子で、彼女はヘイアンに問いかける。
発話の練習でもしているつもりなのだろうか。