Melntese冒険日記 一日目「前途多難」


赤髪碧眼の女性と黒髪隻眼の大男に見送られて城へと向かう一人と一匹。
人間のほうは、訝しげに杖の先端の宝珠を見つめながら、時折首をかしげている。
人間じゃないほうは、そんな主人の様子を眺めたり、前を向いたり、懐中時計を取り出したり、眺めたり、前を向いたりしていた。

……見送りの二人が見えなくなるくらい離れても、しばらく無言のままだった。

無言に耐えきれなくなったのか、まずは白いウサギが口を開いた。

ウサギの主人たる少女は、ウサギの問いかけが聞こえたのか聞こえなかったのか、黙したまま、何も語らず歩き続けていた。
少女の従者たるウサギは、仕方がないので黙って少女についていく。

……森を抜け、やや開けた場所まで出てきた。

目の前に、この世界の主戦場たる城が見える。
四方八方を聳え立つ大きな壁に覆われ、要塞のような巨大城。
ルリアンナ曰く、魔王が君臨するという城。
ただでさえ大きい城だが、近づくにつれて、その大きさをひしひしと感じる。

白ウサギが、視界の中で徐々に大きくなっていく城の姿に、畏れのような感情を若干覚え始めたころ、主人がようやく口を開いた。

「そうだね」と相槌を打とうとして、そんな空気じゃないことを察したウサギはその言葉を飲み込む。

この世界では、エンブリオと契約することで、スキル——技や魔法を行使できる。
メグはこの世界を訪れるにあたって、なんとか光のエンブリオ「ウィスプ」との契約にこぎつけることができた。
その道中、いろいろ紆余曲折があったのだが、それはここでは省略するとして……。

ロンドン梗概の曾祖母の家で、ある程度魔法を駆使できるようになった半人前魔法使いだからと言って、それがメルンテーゼで通用するとは限らない。

地球とメルンテーゼでは、そもそも世界が違う。
世界秩序もそうだが、化学法則も、物理法則も、何もかもが違う。
この一揆に参戦した同期たちだって、メグのような人間もいれば、天使もいるし、獣人もいるのだ。


さっきのラルフとの手合せで、メグはロンドンと同じ感覚で光魔法を連発しようとした。
……そして、見事に跳ね返された。

火花を散らせるはずが、その拘束はいとも簡単に破られた。
光の矢を降らせるはずが、その聖なる光は傷みを伴って自分自身に降り注いできた。

何とか勝利を得られたとはいえ、ラルフが最後に手加減したのはメグにもアルにも理解できていた。
ただ、単にその事実に少女が慄いているのではない。

己が通用しなかった過去を引き摺っているのではない。
その事実を持って前途多難な未来に顔を曇らせているのだ。

最後のほうは言葉が不明瞭でメグにははっきりと聞き取ることができなかった。
いつになくモジモジした様子の従者を見て、少女はようやくフッと笑みを漏らした。

そういって、少女は一つ深呼吸。そして、うんと伸びをした。

さっきの憂いを帯びた表情はどこへ行ったのか。
天真爛漫が似合う少女とはいえ、少し陰の差した表情もそれはそれで独特の美しさを放っていたのだが……。

大きな杖を後ろでに抱えた少女と、懐中時計を懐に下げたウサギと……。
微妙に息の合った、でも微妙に息のズレた、それでいてお互いを信頼し合っている二人が……。

いよいよ城の中へと足を進めていく。
……魔王の棲まう城の広庭へ——