私たちは、主従関係にあるわけではない。
　契約しているエンブリオだからと言って、ウルヘアの行為を止める権限を私は持たないし、逆もまた然りだ。
　彼は、森に居る時は、割と好き勝手やっていた。食べたい時に食べ、眠りたい時に眠る。
　気ままに暮らしてきたウルヘアにとって、今回のように私とずっと行動を共にするというのは、ストレスだろうと分かる。
　でも、それにしたって、
「一緒に行動してるんだから、私の体面だって、少しは気にしてくれたっていいじゃない」
　ウルヘアにだけ聞こえるように小さくそう言い、私は先を行く青年——ミハウを見た。

　事の発端は、つい最近のこと。
　王城前でラルフとの手合せを終え（あの人はかなり大変そうだった）、その直後に、お腹を空かせたウルヘアが、ミハウの契約するエンブリオを襲ったのだ。
　イヌワシと子狐。明白な捕食者と被食者の関係。
　ウルヘアが子狐ことイェジに危害を加える前に、どうにか止めはできたが、二匹のエンブリオたちの雰囲気は最悪だった。
　だから謝って、早くその場を立ち去ろうとしたのだけれど——ミハウは、一緒に行かないか、と誘ってきたのだ。
　確かに、王城前にいたルリアンナも、なるべく誰かと一緒に行った方が良い、と言っていた。
　だが、自分のエンブリオを襲ったエンブリオの契約者である自分を誘う、と言うのは、良い判断と言えるのだろうか？
　……まあ、そう思いつつ、その誘いを了承した私も私だけど。

　ウルヘアは平然とした様子で、ピィと一鳴きを返した。間違いなく反省はしていない。
「ここは、森とは違うんだから」
　森での理は通じない。自由に振る舞って良いわけではないのだ。
　また、鳴き声が聞こえた。……今度は少しは分かってくれた、と、思っておこう。
　もう一度、前を進む青年を見た。
　少なくとも——悪い人ではないんだろうな、と思う。
　私は、その後を着いて行った。

そう呟いたのは、コトカの近くに居た、一人の小さな少女である。
少女はふっとコトカを見上げると、あの、と声をかけた。

力試しを終えて、平原へ向かうことを決め。
ミハウの足は止まっていた。

ルリアンナが去り際に残した言葉。
——なるべく誰かと一緒に進むようにしたほうがいいわよ！！

心ここにあらず、という状態のミハウに、小さく悪態をついて。手持ち無沙汰に辺りを見回していたイェジの耳に、何かが風を切る微かな音。

胡乱げに見やった先、空を飛んでいたのは一羽のイヌワシ。
その目と視線がかち合い——殺気めいたものを感じて、咄嗟にイェジは軌道から避けながら、吠えた。

滅多に吠えないイェジの声に、ミハウも思考の海から我に帰る。

イェジを襲う鳥の姿に驚きながらも、エンブリオに襲い掛かるのはただの鳥ではないだろうと、辺りを見回して。

駆け寄ってくる少女に目を留め。
呼びかけながら指し示す先、追うイヌワシと吠えながら逃げ続けるイェジの姿があった。

「以降、日記へ続く」

僅かに目を細めて——低い声が、言葉を紡ぐ。

ふ、と息をついて、瞬きをひとつ。

声も無く慌て出したミハウの足元で、イェジは呆れているようだ。