14. Juli

　……この日付も、暫くは意味を成さないんだろう。
　ただ、時間の流れはどの分割世界も大体似たり寄ったりらしいし……。
　書いておけば元の世界の時間の感覚も忘れない、はず。

　新しい世界へやってきた。
　ママの話の中でしか聴いたことのなかった、無数にある世界のかけらの、ひとつ。

「いってらっしゃい」

　わたしに世界を渡る能力を受け継がせた本人は、いざ見送る立場に立つと何だか達観した様子だった。
　好きか嫌いか表現しにくいわたしのママの、確かに嫌いな仕草のひとつだ。

　……でも、そんなママの好きな部分も嫌いな部分も、暫くは見ることもない。
　それよりも、いまはこの先のことを考えよう。

　初めての異世界渡航で訪れた場所は、何やら物騒なことになっているらしい。
　一揆。
　確か、農民反乱の一種だったっけ。
　日本でしか使われない言葉だったと思ったけど、まさかこんなところでお目にかかるとはね。
　しかも、自分が参加する側だなんて。

　正直、状況をルリアンナから聴いたときはワクワクした。
　歴史の授業で習ったことを実体験するみたいな感じだからだ。
　目的は全然違うけれど、アメリカの独立戦争のような香りがする。
　あのことを歴史の授業で習っている時、正直
「植民地住民頑張れ」
　という気持ちだったのを思い出した。
　今度は自分が頑張る番なんだ、と勝手に思い込んでいる。

　だけど、予測してない事態っていうのは簡単に起こるものらしい。
　分割世界ってどこもそうなの？

　よくよく考えてみれば、わたしの場合十分起こりうることだったんだ。

『…ォォ…ン』

　ルリアンナがラルフとかいう人を呼ぶまでの、ほんの少しの時間。
　風が抜ける音のような不気味な声が聞こえたから視線を巡らせてみると、それは近くの木の前に立っていた。
　人型だけれども、全体的に青白く半透明で——何より、足がない。
　幽霊。
　もう見慣れちゃったけど、流石にこんなところでも見かけると少し吃驚した。

　幽霊の視線は、『王』がいるとかいう城の方へ恨めしそうに向いている。
　それでなんとなく察した。
　ネクターを『王』に搾取されたせいでその恩恵に授かれなかった人なのだ、と。
　いまそういう姿に至った原因まではわからないけれど、きっとそのことは何か関与しているに違いない。

　そこまで考えて、わたしは黙って視線をルリアンナの方へ戻した。
　触らぬ神にたたりなし。
　あっちの世界と同じなら会話することも出来るだろうけど、下手に突っ込んじゃまずい気がした。

　呼ばれてきたラルフという人は、何だかげんなりしていた。
　わたし同様に異世界から召喚された人の多いの何の、という愚痴が漏れたのも聞こえた。
　ルリアンナに使われて、それだけ大勢の人を相手にしたんだったら、疲れてるんだろうなぁ。
　……っていうか逆にそうなるとルリアンナが、ラルフの弱みか何かを握ってるのかな。
　それとも悪意なく天然なのかもしれないけど、まぁどっちだっていいよね。

　わたしがその時やるべきことは、一刻も早くラルフをラクにさせてあげることだったんだし。

　……あ、この発想、危ない時のママにそっくりだ。
　気がついて頭抱えちゃったのを、この先の自分への注意として書き残しておこうっと。