薄く濁る蒼水晶から覗く世界は、何と陰鬱なる景色を紡ぐのであろう。
半眼に固縛された瞳は閉じることも許されず、幾歳の静寂を呪いの様に映し続ける。

棚田化した石灰岩を流れる凍えた清水。細長く、氷柱状に成長した鍾乳石。
育つ様を延々と見せられたのは、かつて犯した罪の対価に相違なく。

泥土の如く積もりし復讐の蠱毒は、達観の心が喰んで滓も残らず掻き消えた。
妖を封晶に縛りつけた"彼"も、積もる歳月に耐えてまで生き永らえてはおるまい。
ならば、誰に怒りを向ければ良いのか。

矛先を失い、意味も喪い、弔いの慕情は生まれても、恨みを持続することは適わなかった。
我が身を幽閉し、霊妙の力を削ぎ、爾今へ送ることで何を望まれたのか。

分からぬ。
悠久の時間をかけても、答えが出せぬ問いがある。

狐の目端が捉えるのは、微かな罅割れ。
損壊の傷は日増しに広がり、封晶に込められる霊威を緩やかに零していく。

そろそろ、出ても良いということかや？

世は、如何なる変遷に満ちておろうか。
赫き溶岩を轟轟と垂れ流す、死灰舞いし大山脈は健在か。
魚影を散らす深き海洋は、今でも陽光に美しく煌めいているだろうか。
"彼"が夢語った獣と人が親和して暮らすという絵空事は、実現出来ておるのだろうか。

さあ、魅せよ。舞台の幕は開かれた。
此の時代に駆けることが赦しの証明ならば。……共に朽ちることを選ばなんだ、"彼"の願いならば。


——かくして万年氷の封水晶は砕け散り、世に忘れられし妖狐は解き放たれた。
　　　そして、"一揆"などという異常な状況に、理解不能なまま巻き込まれていく事となる——

耳と、尻尾。特に尻尾の立派さは見事なもので。
あまり毛皮などに縁のない人形でも、その美麗さに一瞬目を奪われる。

気になったので話しかけてみました。

ふとすれ違った少女の方へと2人の男が振り返る。
どうやら、少女の耳や尻尾などのことが気になったようだ。

2人は相手が自分達の言葉を理解できているのかを確かめるような素振りを見せる。

ハルシオンと名乗った白ずくめの少年は、自らの名前をアピールしてみせ。
トガノと名乗った黒の礼服を着た青年は、微笑を浮かべながらゆっくりと右手を相手の前へと差し出した。

しっぽが揺れている。