日は沈み 空はかすかに闇帯びて
星もにわかに瞬く時分。
薄暗く茂る竹林に。草を踏む音、二つあり。
片方は軽く進む音。ひょろりと細い背中には、時折尻尾の影が躍る。
もう片方は重く踏みしめる音。小さな体でのしりと歩き、ガシャリガシャリと音立てて。足跡深く進み行く。
親子兄弟には到底見えぬ二人組。それどころか、同種の生物ですらない事も明白。
細い方の体は茶色の鱗で覆われており、小さい方は濃緑色の鋼で出来ている。
てんで接点の見えぬ二人組。強いて、同じところを挙げるとすれば、それぞれ背中に満載の荷物を担いでいるところだろう。
ふと小さい方が声を上げた。少年のような声だった。
細い方は小さい方を見下ろすように一瞥すると、とがった口から小さくため息をつき、
蜥蜴のような口は人間の男の様な声で、流暢に言葉を発した。
何度同じことを言ったのだろうか。細い方——ゼゼ・レプトは思った。
少なくとも数え飽きるほどには言った覚えはある。その経験から、相手がどう返すかも予想可能という事でもあったが。
そして予想通りの返答が邪気もなく返ってくる。やはりコイツは、呼び方を直すつもりはないようだ。
目を細め、半ば呆れつつ。ゼゼは舎弟を自称するゴレムのエンブリオへと告げた。
バリオと呼んだエンブリオの問いにゼゼは目を伏せる。
同時に思い出すのは、先日の一幕。人間たちの町での出来事だった。
虫を頬張り、その外骨格をかみ砕いた瞬間、一斉に突き刺さった人間達の視線を思い出す。
虫を食料とする故郷の集落では当たり前の、何気ない行動だった。
しかし後になって調べてみるば、どうやら人間の食生活に虫は一般的ではないらしい。
もっともな意見である。宿の人間も、人間離れした自分の寝泊りを許すほどの度量の持ち主であり、ゼゼも悪い印象は持っていない。
しかし、とゼゼは顔をくもらせる。
それでなくとも、新王の悪政で不自由を強いられているのだ。
せめて生活習慣での枷を外したいと考える事くらいは認められてもいいだろう。
言ってゼゼは嘆息する。
と、その時だった。
踏み出した足が、ちゃぷりと水に浸かった。
視線を足下に。するとそこには小さな沢が流れていた。流域も狭く、深さもゼゼの足首までは及ばない。澄んだ清流は、岩から染み出したように涼しく、歩き通しのゼゼの足には心地よいものだった。
草の中に隠れていて、見えなかったのだろう。ゼゼはそう判断する。幸い、渡りきることは容易だ。飲めそうならば、水筒の水も補給しておこう。
そこまで思考し、顔を上げる。
鬱蒼と茂る竹林が、視界から消失していた。
首を左右に振る。周囲を見渡す。
ここはどこだ?
そこはまるでくり貫いたように開けた場所だった。
青い壁のような竹林の代わりに現れたのは、夕焼色に染まるのどかな田園農地の風景だった。
足が浸かっている小さな沢の他にいくつかの小川があり、空から注ぐ夕日の光を淡く反射させている。
唐突に、忽然に。出現したこの風景。しかしここが先ほどの竹林であることはどうやら間違いないらしい。広場の周りには、青い竹林が塀のように生い茂っているのだ。
傍ら。目を丸くしたバリオの気の抜けた声が耳に入る。コイツも同じ風景を見て、同じ事を思ったようだ。
曖昧に答えつつゼゼは思考する。
自分のみの錯覚や幻覚ではないようだ。集団幻覚という可能性が高まるわけだが。
ゼゼは浅い沢を渡りはじめた。バリオも鉄の足でじゃばじゃばと水に入り鱗の背中の後を追った。
沢から上がり、一頭と一体は並んでそこに通っていた道を歩く。
道。獣道ではない。何者かが手を入れてとおぼしき農道がそこにあった。
周囲をよく見れば、土自体の整備も行き届いていて。雑草は少なく、耕されたあとが見えた。
バリオが問い、ゼゼは頷く。
と、ゼゼは空を仰ぐ。
夕空に一条。黒い線が昇っていく。
生活の火の煙だ。
……まあともあれ。
これからしばらくして、一頭と一体は、運良くこの竹林の管理者と出会い。さらに運良くここに置いて頂けることに成功しました。
話によれば、ここには彼らの他にもたまたま立ち入った方々がいるとの事。
こぎつけたのは幸いか。それとも新たな諍いか。
道の果など誰も知らぬ 此度の一揆のひとつの始まり。
さて。世間しらずのトカゲビトは、どんな道を辿るのやら……