おれは蛙である。
　名は無かったが、いつか沼で足を休めていた旅客の一員の某がおれを突ついて、

　と云ったので『鉱蛙』を名乗るとした。



　おれが一丁前に物を云うようになったのは五年前程の事であるが、いざ隣の沼に住まうガマの青八に、

　などと語りかけた所で、奴さん蛙らしく蛙の鳴き声をかえすばかりで一向つまらない。



　そうして暇にしていると、ある日の暮れ方にいつかの旅客の某が沼にやってきた。おれは彼に、

　と声をかけ、身中で混ぜた宝石玉を幾つか見せると奴さん大層驚いた顔をしたが、

　と快諾した。


　彼の名はとうとう知らなかったが、商人であったようで、その後もしばしばおれの玉を受け取りに現れ、代わりにおれに色々な話をしてくれた。
　おおかたが商売の話であったが、時折にやけながら話す、自身の妻と娘の身の上話の方が記憶にある。特に妻を娶ると言う社会の仕組みには殊更に驚かされた。
　何故子を成すだけの相手をそう吟味する必要があろうかと反論すると商人は珍しく声を荒げ、

　などと怒った。余程妻とやらにホの字だったのだろう。
　一度だけ、娘を連れて沼にやってきた事もあったが、奴さんもう眼も当てられぬ程の溺愛ぶりで、人間の顔と云うのはこれ程までにとろけてしまうのかと、その時ばかりはおれも呆れる他なかった。
　おれには何百と息子娘がいるものの、顔もとんと分からぬ内に散々という始末である。いちいちそれらに名前を付けていてはまた繁殖期がやってきてしまい、おれは毎日休み無く自分の子の名前を考えるのに時間を費やさねばなるまい。
　なるほど、蛙で良かった、と考えた次第である。


　彼の商人としての腕前は知らないが、とても話し上手だったので、きっと有力な男だったに違いない。

　と商人はよく宣い、そして沼に現れる度に銀の硬貨を一枚おれにくれた。大層価値ある物だと商人は云ったが、あんまりにぴかぴか美味そうに輝くので、おれはいつも我慢が利かずそれを食ってしまった。商人は肩を竦めてみせたが、

　と云ったので、おれはいつしか銀貨が好物になった。



　商人が最後に沼を訪れたとき、彼は酷くやつれていた。

　彼はそう云った。何故かと問うと、

　と告げた。おれは自分の玉の出来には自信があったので、これには憤慨した。
　商人はおれを諌めながら、銀貨をおれに二枚くれた。

　と心配したが商人はあははと笑い、

　と云って、沼を去って行った。



　その後風の噂で、世界の王が菅代わったと聞いた。
　ネクターの独占、人民の貧困、なるほど宝石が売れぬ時代と云うのも頷ける。
　商人がやつれるのも無理はない。



　またあの商人には会いたいと思う。
　銀貨は他に幾つも食べたが、彼が持ってくる銀貨より美味く感じられた物はなかった。
　また彼が元気に沼に銀貨を一枚持ってやってきて、日が暮れるまで他愛なく話が出来る日がいつか来てほしい。彼は、おれの無二の親友である。



　おれが今ここに居るのは、そんな理由がある。

赤い髪の女の子が話しかけてきた。
だが周囲の宝石の方が気になるようだ。

茂みの暗がりで光る二つの目

蛙の動きを追っています。沼から蛙が出てきたら獲物ゲットのチャーンス！みたいな。

白衣の男が硬貨を空中に投げ上げ、つかむのを繰り返す。

慌ててコインを小銭入れに仕舞う。