『君は、メルンテーゼを知っているかね？』

神聖騎士団に正式に配属となって最初の辞令を受けに行った時、最初に騎士団長の口から出たのがこの言葉だった。

『あぁ、その通りだ。
では、そのメルンテーゼで大規模な反乱が起きているのは知っているか……？』

目を伏せ、小さく首を横に振る。

分割世界と呼ばれる世界群と、この国がある世界はそう遠くはないため、数ある分割世界の中には、この国と交流のある世界もいくつかある。
だが、メルンテーゼはそうじゃない。
国の内外問わず情勢にはそれなりに明るい方ではあるが、情報収集が本職というわけでもないので、さすがに交流のない国の近況までは知る術もない。

『どうしてそんな話をするのか理由が気になるか？』

騎士団長は話し好きな人ではあるが、辞令交付の場でいきなり関係のない事を話しだすような人ではない。
だから、当然、メルンテーゼの話も今回の辞令と関係があるのだろう。

『あぁ、そうだ。その反乱について、応援要請が来た。
そこで、君に現地へ行ってもらおうと、辞令を出したというわけだ。』

ため息をつきながら、呆れ気味にこたえる。
反乱鎮圧に外の世界にまで応援を要請するのも珍しい話なのに、国交のない国へも要請するのはまずありえない。

『そうじゃない。逆だ。応援を要請してきたのは、メルンテーゼの住民たちだ。』

驚きのあまり、辞令交付という公式な場なのに、情けない声をあげてしまった。
交流のない世界に応援要請をしてくるなんて、随分とすごい住民がいたものだ。
連絡ひとつ取るにも大変だというのに……。

『メルンテーゼに半世紀ぶりに新たな王が誕生したのはつい最近の事だ。
その王が、住民の生活に必要不可欠なネクターというものを根こそぎ奪い取り、独占を始めた。』

様々な世界にこれまで数多くの暴君が存在してきたが、搾取をするにしても本当に必要最小限のものまで奪い去るのはごく稀だ。
搾取する対象である住民がいなくなってしまっては、搾取もできなくなるので当然の事ではあるのだが……。

『あぁ、このままでは生活すらままならないだろうな。
そこで、住人達は大規模な反乱を開始した、というわけだ。生きるためにな……。』

『住民たちもただ反乱を起こしただけでは勝てないと思ったのだろう。様々な世界に応援要請をしているとの事だ。
この国にも来たので、神聖騎士団がその要請を受けた。』

住民の王への反乱の応援要請に、この国の王や騎士団はきっと応じはしないだろう。
だが、神聖騎士団は違う。
神聖騎士団は、神の名の下に、弱き者たちを助けるために作られた組織だ。
虐げられている人たちが救いを求めてきたその手を払いのける事など、できるわけがない。

『……とはいえ、いきなり騎士団を派遣するわけにもいかない。現地状況の詳細がわからないというのもあるが、大規模な輸送手段の準備には時間がかかるからな……。
だから、まずは神聖騎士を1人派遣する事にした。そこで選ばれたのが君、というわけだ。』

神聖騎士としての初仕事。
これは随分とやりがいがありそうだ。

『君ならそう言ってくれると思っていたよ。
神聖騎士団の派遣準備は進めておくので、派遣が必要だと判断したらすぐに派遣要請をするように。』

団長に一礼して、部屋から出ようとドアノブに手をかける。

『君の父上も兄上も優秀な神聖騎士だった。
君もそうである事を期待している。』

その言葉に、ドアを開けようとした手がピタリと止まってしまう。

必死にその言葉だけを絞り出し、慌ててドアを開けると、振り返る事もなく部屋を後にした。