紅い花の花びらを帽子に括りつけ、持ち主たる少女はそれを頭上に被ることなく、胸に抱えて小走りに街道を駆け抜けていく。結構な距離を走ってきたのだろうか…口から漏れる呼吸の荒さは相当の体力を奪っている事だけは確かなことだった。
　少女が小脇に抱える帽子に括りつけられた紅い花の花びらは、見る人が見ればネクターと呼ばれる貴重な代物と分かるかも知れない。その品は多種多様な能力を持つエンブリオ言われる生命体との契約する際に必要となる希少な代物である。
　そんな品を、まだ陽は出ているとはいえ、まだ成年を迎えていない少女が一人で街道を進んでいるのには、それ相応の理由があった。ちら、と後方を振り返ると、今は小さな点ほどになってしまったが、そこには先刻まで少女を乗せてきていた隊商の姿があった。それに群がるように、これまた小さな影がいくつも引いては寄せてを繰り返している…ようにも見て取れた。

　謝罪と怨嗟の声が思わず零れ出そうになるが、呼吸の荒さがそれを押し留める…そんな些細な言葉でも少女の体力には、もう余裕がなかったのは明白な事で、その為胸中で呟くに止めた。
　この世界を守るのは唯一たる"王" ではあるが、その王が半世紀ぶりにその座を降り、そして新たな王が誕生したのは少し前の事である。しかし新たな王は、この世界からネクターを根こそぎ奪い取り、独占を始めだした…エンブリオを生活の軸としている多くの住人達はその行為に対して反発したのだが、逆に好機とばかりに手を貸す輩も少なからず居たのも事実であった。
　というのも、ネクターを用意したとしても、エンブリオ自身が力を認めた者にしか契約の門戸は開かれないため、誰もが契約者たる人物になるとは限らないために、これに不満を感じる者達にとっては、或いは現状に不満を抱く者達にとっては現王に力を貸すことで甘い汁が吸えると考えたとしても何ら不思議ではなかった。

　エンブリオと契約することで豊かな世界を築いてきたという実績が一つのステータスと化していたのと、多くの者がそうであったという事実から、そういう考えに至る者は少数であったのだが、支配者が変わったのを契機に、急速にそういう風に捉える層が出て来たのも事実である…何しろ、少女の家族もまた同様であったのだから。

　新王に反発する勢力に、かつて知ったる名前が確認されたという僅かな手がかりに縋るのは賭けではあったが、時間が経過すればするほど、状況が不利となると踏んだ少女は遠路はるばる来たのではあるが…。

　疲れと焦燥からか、やがて意識が混濁し始めてくるなか、少女の視界の端に白い大きな体躯をした狼の姿が見て取れた…ような気がした。だが、それを確認するよりも前に、少女に限界が訪れたのだろう…ぐったりとしてしまった小さな体を、白い狼はその背に少女を乗せて、とある方向へと駆け出していった。。。

相手の姿を認めれば、片方の手は武器を取り出し、もう片方の手でサングラスの位置を調整し始める

相手が動かなくなったのを確認すれば、振り返る事無く踵を返して