混乱している様子のイチゴウの向こう側で、『センセイ』と呼ばれた男性は
額に指を当ててうつむき、しばらくじっと考え込んでいましたが、やがて顔を上げます。

「……イチゴウくん。　君の認識と彼女達の認識は大分違うようだね。　見てごらん。
　……牧野瀬悠さん、と言いましたね。　少しその携帯電話を貸していただけますか」

「え、ケータイってセンセイ……　あ……！」
携帯電話を覗き込んだイチゴウがなぜか突然驚愕の表情を浮かべます。

「……それに見たところ、彼女は意図的に発声をしないのではなく、『できない』ようだ。
　牧野瀬さん、貴女は『遭難者』なのですか？　事故に遭われて、島にたどり着いた？
　……島のどこかで、『円形の紋様を描いたタイル』に足を踏み入れたり等なさいましたか？」

「町屋さんにミアさん、それからゆらさんと、その保護者の方。　あなた方も目的はそれぞれ
　別々かもしれないが、とりあえず遺跡の調査のために在島しているわけではない、ということで
　間違いは無いですか？　全員『円形の紋様を描いたタイル』から来たという事で合ってますね？」

「……『クエララ・プロジェクト』に関しては、ご興味があれば後でご説明しましょう。
　もっとも我々の研究の専門用語の分野ですから、一般の方にはあまり関心のない事項だとは
　思いますが。　それに、とりあえずの問題は『全員が島に帰る方法を思い出せずにいる』と
　　　　　　いうことのようですね。　牧野瀬さんの場合はさらに特殊なケースになりますが……」

と、さらに言葉を続けようとしたセンセイの目が後ろの魔法陣に移動し、すっと細くなります。
「……あの紙は？」

誰かが返事を返す前にセンセイは後ろに移動し、紙を拾って、その内容を黙読し始めます。
紙に印刷された顔写真をまじまじと眺めているようですが、とくにその表情に変化はみられません。
やがてそれを教室の前方に持ち去り、皆の前に掲げるように突きつけます。

「どなたか、この紙に心当たりはありますか？
　……どうやら名前からして日本人もしくは、日系人の殺人犯の指名手配書のようですが」

……行商の少女が机の中から発見したレポート用紙は、A4サイズの紙に薄い青で横罫線が引かれた
ごく一般的なものです。　一番上の余白に、紋章のような模様とともに『Sizu University』の
文字が印字してあります。　下の罫には鉛筆書きでだいたい次のような事が書いてあります。

『9月11日、簪、志津　合同授業発表会　第４次調査人員　クエララP　各校二名づつ（←女子？）
　ラーラインストーンの持ち運び　・サック型（×身体との接触によるラーラインPの影響）
　・車輪？（←簪試作品）　ラーラインズ・ドアの定期調査（効果認められず、撤収考慮）』

（以降空行が続き、最終行に走り書きの文字で）　　『ドロシーをエメラルドの都へ』

ゆらゆら(1811)からのメッセージ：
シャノン「と、センセイのご登場ですか。　いえいえ、来るのは一瞬でしたし」


ゆら「『クエララ・プロジェクト』ですか？　違うと思います」
（受け取ったリングをバラバラにしつつ）