レナーテ「気を取り直して、前回の続きを話すとしよう。
通貨同盟の直前にとられたアンケート――
それは、『西マルクを手にしたらどうしたいか』と言うものだった」

レナーテ「一位は貯蓄。何と50％近くがそう回答した。
二位は『わからない』……これは約20％。
三位以下は『日用品の購入』『休暇旅行もしくは自動車の購入』『住宅の修繕』『家具の購入』『服の新調』
……と続く。全体として、堅実な回答が多い」

レナーテ「つまり彼らは『今後も故郷で普通に暮らす事が出来る』と考えていた訳だ。
それなりに長い間対立関係にあった……いや、対立『させられていた』にも関わらず両国民の間に決定的な断絶が生じていなかった、と言う事でもある。
まあ、そうでなければ再統一があれほどスムーズには進まなかっただろう」

レナーテ「とは言え、この結果は通貨同盟が決まっていたからこそだ。
東独国民は、自らの財産を再統一後も引き継げると言う安心感故に冷静になる事ができた。
では、通貨同盟の方針が固まる前はどのような様子だったのか？
壁の崩壊直後にとられたアンケートから、それを窺い知る事ができる」

レナーテ「壁の崩壊後、西独は西を訪れる東独国民に一人につき100マルクの歓迎金を出した。
その100マルクで何を買ったか、と言うのがアンケートの内容だ。
一位は『新聞、雑誌』……東独では、西独のものは厳禁だったからな。
二位は『バナナ、パイン、キウイなどの輸入果物』」

レナーテ「三位が『高級チョコレート等の高級菓子』四位『ラジカセ』五位『コーヒー』
変わっているのが六位の『缶コーラ、缶ビール』
これは、中身ではなく容器の缶が珍しかったと言う事らしい」

レナーテ「七位が『宝くじ』八位が『ストッキング』東独において化繊は高価だった。
そして九位が『子供向け絵本』十位が『地球儀、世界地図』
……東独国民は、想像以上の西の豊かさ、そして自由に翻弄されていた」

レナーテ「当然ながら、東独国民の西への大量流出が懸念された。
西の豊かさを知ったと言うだけではなく、東マルクが紙屑となる可能性――壁崩壊直後の東マルク：西マルクの交換レートは22：1にも達した――や末期の混乱への幻滅など、東を捨てる理由は山ほどあったのだ」

レナーテ「通貨同盟は東独国民を安心させ、その流出――西側にとっては流入――を防ぐ為に必要だった。
もし発足の時期が遅れていれば、旧東独地域は現在よりも相当に寂れていた筈だ。
西独国民からは多くの不満も出たが、まあベストな選択だったろう。
……簡単に済ませるつもりが長くなってしまったな。今回はここまでとしよう」