ENo.102 ヤト

たまには良かろう、少しばかりじゃが
昔話をしよう…ある男と、その娘の話じゃ

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山を神域と為され、其処に棲んでおった我はいつもと変わらず
麓に見ゆる人と言う種の営みを、静かに眺めておった

しかし、其の日は我の領域を侵して、客が訪れた
言うまでもなく“人”じゃ

　『麓より上は神の領域』

山へ足を踏み入れては為らぬと禁じられれば
禁忌を侵したいと、そう思うのが“人”の愚かしさであり面白さ

「神の祟りにあう等とは」　　「そんなもの居る筈が無い」

時として、そういった者達が山へ入ってくるのは珍しい事では無かった
そして我が姿を見せれば、その者達の取る行動も変わり無く
　その男達も、一目散に逃げ出し山を下りて行った。

大抵はこれで話が終わる所じゃが、その時は違った…

次ぐ日、逃げ出した男の片割れが又しても山へと訪れた
若い娘を縛り引き連れてな、そしてこう言った

「この娘は自分の家の娘にて御座います」
「娘を捧げますが故、何卒祟る事無く赦しを願う」
…と

男はそう言って娘を突き出すと、すぐさまその場を離れた
我は何もして居らぬに、祟られると勘違いしておったのじゃろう

　娘の方はと言えば、我を前にして涙を流し、恐れに震えておった。

娘の戒めを解いてやり、我は言った

　『お主に興味は無い、直ぐに帰れ』と…

しかし娘は帰る素振りも見せず、こう言い返して来た

「わたくしはあなた様へ捧げられた身、家からも捨てられ行く宛も在りませぬ」
「所詮わたくしは妾の子、兄様達へ祟りが及ばぬ為の贄とされた身」
「遠く母君を想えば、どんな扱いにも耐えて来れましたが」
「もう、どうして良いのか解りませぬ」

この様な状況に陥って尚、母を想い愛しむ感情
そしてこれ迄の苦労からか、父と家を憎む感情
　対極する、ふたつの感情を視て取れた…

『娘、お主の気持ち良く解った』
『では、其の身体と魂の全てを差し出せ、その代わりに…』

『お主の願い、ひとつだけ叶えてやろう』

娘は暫く考え込んで居た様じゃが
意を決してか、泣き腫れた目で強く我を見た。

　……。

其の夜

麓に見える、大きな古い屋敷が
　真っ赤に燃え盛り、家の者全て焼け死んだと言われる。

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　そんな、小さな昔話じゃ…。
　