ENo.537 MapleAndFairyTale

……。

「キミに、恩赦と自由を与えよう」

どこからともなく声が聞こえてくる。

「キミの命は、キミだけのものだ。これまでも、そして、これからも」

声の主が実像を結ぶと、そちらへと視線を向けて目を凝らす。

「外には君を悪しように捉える輩もいる。狂った猫たちは、操り人形であると」

ぼやけてよく見えないシルエットは、どこかの軍服のようにも見えた。

「けれど、私はそうは思わない。それは確固とした自己を持った、自律する者だ」

どうやらかがんで話しているらしく、その視線は、目の前のそれよりも随分低い位置に合わせられている。

「原種壱式、三種参式、そして六種弐式……。彼らが我々の道標となった」
「だから、キミにも光になって欲しい。そして、『レゥ』という名前をキミに与えようと思う」
「キミのお姉さんの六種弐式《MI/U》。彼女に肖った命名法だ」

ふわりと頭の上にやわらかい感触が降りてくる。
それはさわさわと心地よく、頭の上を撫でた。

「レゥ、覚えていて欲しい。君は、望まれて生まれてきた」
「捨てられるべき命なんかではない」
「その目で世界を見て、そして、答えを見つけて欲しい」
「我々は、本当に間違っていなかったのか」
「もしその答えの果てに、間違いだと思ったのなら。その時は――」

…。

……。

「あのね」

普段は明るいはずの声。けれどその時の声は、少し霞んで聞こえた。

「でもね、みうはね。猫兄ぃが生きてるって、分かるみぅ」
「レゥちゃんと三人で遊びに行くって、ちゃんと約束したの」
「猫兄ぃはやくそくをぜったいに破らないみぅ。みう、知ってる」

けれど不安を伝播させない様にと、お姉さんであるようにと、
それはしっかりと言葉を続ける。

「だから、ふたりで探しに行くみぅ」
「きっと、猫兄ぃはあわてんぼで、先に行っちゃっただけだから」
「探して、つかまえてあげるの」
「みう、一人ぼっちは嫌だけど」

ふわりと手が暖かい感触に包まれる。
それはきゅっと心地よく、心に中に届いてきた。

「レゥちゃんと二人なら、きっと探せるみぅ」
「それでね。今度猫兄ぃにあったらね、こんどはちゃんと――」

…。

……。

「ふ……ふはははっ、あァーーッはっはっはっはっ！！」

甲高い声があたりに響いた。

「良いね面白いね！ボクが考えたシナリオに、ボクの為に誂られたこの舞台！」
「そう！ここは紛れもなく！ボクの望むカオスそのものだ――！」

狂気を瞳に浮かべて、それは高らかにそう宣言した。

「自分の才能が恐ろしいよ！……そう。キミは、キミだけはボクに従わない」
「そうなるようにしたんだ！このボクが！ボクがやったんだぞ！？」
「これは震えるに決まってるよ！ああ、心配しなくて良いよ、ちゃぁんと教えてあげるから！」

その傍に傅く人影は微動だにせず。

「だって、キミが最後の敵だっていうんだよ！傑作じゃないか！飼い犬に手を噛まれているこの状況は何て滑稽ッ！」
「ああ、この完璧なボクの犯した痛恨のミス……！そして、それに苛まれる自業自得！ゾクゾクきちゃうなあぁぁ！」

届けたい声はたくさんあったけれど、今は何一つ届かない。

「そして、それを――希望の芽を一つ一つ引き千切っては、踏み躙る権利！」
「そう偉大なる権利！ボクはそれを履行する権利と義務が与えられた！神如きに届かない領域へ、僕は今達しているッ！」
「レゥ……ボクの、最後から二番目のお人形」

臨戦態勢を整える。
勝てないと分かっている以上、此処は、一つの賭けだ。

負ければ、全てが終わる――。

「その愛らしい顔を絶望で染めてあげるよおぉぉォォッ！！」

…。

……。

………。