ENo.537 MapleAndFairyTale

カシャリカシャリと耳障りな音が周辺に木霊する。
レゥとステッキは視線で互いを確認しあうと、音の主から死角となる位置から相手を窺った。

乳白色の細い棒切れのようなものを、乱雑に組み上げたが如くの風体は――がしゃ髑髏だ。
その不恰好な怪物は、レゥたちに背を向けたまま、ある一点を見つめて臨戦態勢をとっていた。
その向こうで、同じく遺跡に挑む冒険者一行が、丁度レゥたちに顔を向ける形で武器を構えていた。
どうやら、丁度これから一戦が交えられるらしかった。

レゥ「……」
杖「……」

互いに無言で頷くと、その戦闘の一部始終を固唾を呑んで見守るレゥとステッキ。
しかし、その意図は「結果」にない。二人の目的はあくまで「過程」だ。
冒険者の行動と、それに対応する髑髏の一挙手一投足。
そこにだけ留意しながら、二人は目を凝らし続けた。

髑髏「……！」

激しい戦闘を経て、ついに怪音をあたりに響かせながら髑髏が力なく崩れ落ちた。
それを見て、手を打ち合わせて喜ぶ冒険者たち。

しかしその声は直ぐに打ち消された。

完全に打ち倒された筈の骨の化物は、何事も無かったかのように、再び組みあがり始めたのだ。
それを見た冒険者達は、再生する髑髏を無視し、そのまま奥の方へと走り去っていった。

やがて、完全に組みあがったがしゃ髑髏は、再びカラカラと乾いた音を立てて辺りを徘徊し始めた。
レゥと杖は、髑髏に気付かれる前にその場をそっと離れた。目的は達せられたからだ。

ある程度距離をとった地点で、杖はふむ、と一言うなった。

杖「反撃主体ですか……厄介な相手ですね。これはレゥさんの耐久力との勝負になるかと」
レゥ「……（こくこく）」
杖「…ですね。早く戻るとしましょう。……少し時間をとられすぎましたし」

視線を高く上げると、日は既に高くに昇りつつあった。

杖「行きよりも大分急いで帰らないと……え？もっと早く帰れる？と」
レゥ「……（こくり）」

ステッキはレゥのテレパスを受けて、暫し思案した。
内容はどうやら、行きよりも早く帰るための方法のようだが――。

杖「……そうですね。今は拙速を尊ぶべき時かと」
レゥ「……（こくり）」

同意と見るや、レゥはステッキをその手に取った。

そして――

・・・・・・。

遺跡の一角から澄んだ歌声が響く。

「〜♪　〜〜♪」

一階の下り階段を下りてやや進んだ所、遠方に橋立を思わせる砂礫の道が続いている、そんな場所で、
一人の少女がエプロンを纏い、利き手にパテ、逆手にボウルを持ち、何やら楽しげに作業に没頭していた。

ボウルの中には、ペースト状になったこげ茶色の流動体があり、
それを手にしたパテで、滑らかに円を描き続けている。
それは他でもない、チョコレートである。

シフォン「えへへ、これくらいで良いかなぁー？」

エプロン姿の少女――シフォンは、頃合と見るや、利き手を上げてパテをそっとチョコレートの泉から引き上げる。
パテに付着していたペースト状のチョコは、万有引力に従い、
静かにボウルの中にあるそれへとひたひたと滴り、極細の糸を織り成した。
小指をその糸の隙間へと差し挟み、その一片にそっと触れると、
確かめるように慎重にその口へと運ぶ。

そして、にへらー、と締らない笑顔を浮かべた。

シフォン「んっ、おいしー……♪」

テンパリングの具合にも充分満足がいったのか、シフォンは脇に用意してあった型を一つ一つ取り出すと、
その中へと作り終えたチョコを流し込んでいった。
そして全てのチョコを型に流し込み終えると、型を携帯用の冷蔵庫に仕舞い、
最後にそれら全てを、シフォンの荷物入れでもある亜空間の中へと放り込む。

これで仕込み作業は全て終了。あとは、当日を待つのみとなった。

シフォン「えーっと……うん、これでお終いだから、おかたづけおかたづけー」

そう言うと、使い終わったボウルやらパテやらの諸々の調理器具をカチャカチャと片付け始めるシフォン。
と、そんな時だった。

シフォン「……ふゃぁ？」

猫特有の獣耳をピンと立てると、それをある一方向へと向かわせるシフォン。
その方向は、これから向かう先、がしゃ髑髏が控えている砂の橋立がある方向だ。
顔を上げそちらの方へと向け――きる前に、人の姿をした何かが空から舞い降りてきた。

シフォン「ぅひあぅぅっ！？」

それは、咄嗟に頭を庇うシフォンの頭上を軽く飛び越えて数メートル先へと着地すると、

――ずざざざざぁぁっ！

砂埃を巻き上げつつ、そこから更に十数メートルほど先の場所でようやく止まってた。

シフォン「ふえぇぇ〜……び、びっくりした〜……」

飛んできたそれが直撃しなかった事を悟り、その顔を恐る恐る上げる。
視線の先には、両手を地面について地面にしゃがみこみながら、
上半身から上をシフォンの方に向けている女の子――レゥの姿があった。
先ほどの未確認飛翔物体の正体は、どうやらこのレゥだったらしい。
その姿がレゥである事を認めると、シフォンはほっと安堵の表情を浮かべた。

シフォン「レ、レゥちゃんだったんですか。……驚かせないで下さいー……」
レゥ「…………（こくこく）」

特に表情を変えないまま首を縦に振ると、服のすそを払いながら立ち上がるレゥ。
ボウルとパテをシンクに置くと、シフォンはレゥの元へと駆け寄った。

シフォン「お散歩は楽しかったですか？」
レゥ「……」

シフォンの言葉に、違うと言いたげなハの字眉を作るレゥ。

シフォン「ふぇぅっ、間違いました。……えっと、偵察は順調でしたか？」
レゥ「……（こくり）」

偵察というのは他でも無い、この先にいるがしゃ髑髏の事だ。
今日の早朝、まだ日も昇りきらないうちから、レゥはその相手を見定めるため、
一足先に明日の到達地点へと向かい、偵察活動を行っていたのだ。

シフォン「そうでしたか。えへへ、無事に済んでよかったですー……って、あれれ？」

そう言うと、レウの頭の先からつま先までシフォンが視線を巡らせる。

レゥ「……？」
シフォン「ステッキさんは？一緒じゃなかったですか？」

明朝出立した際には一緒だったステッキの姿が何処にも見当たらないのだ。
確かに、レゥが両手に抱えて向かった筈だったのだが――まさか――。

レゥ「……（すっ）」
シフォン「はぅ？」

シフォンの心配を余所に、手を今しがた自分が跳んできた方角へと向けるレゥ。
その手の先に何かあるのかと思い、振り返るシフォン。
そして――

びゅんっ！

シフォン「！？」
レゥ「……」

シフォンの頬の真横を掠め去り、ぱしっ――という乾いた音を立てて、それはレウの右手へと収まった。
恐る恐る振り返ったシフォンの目に映ったのは――

レゥ「……」
杖「…………（ぶくぶくぶくぶく……）」

レゥの腕の中で杖の先っぽから泡を吹く、無残なステッキの姿があった……。